中年HSP記
エンパス型HSP(Highly Sensitive Person)でHSS(High Sensation Seeking)な中年男の自省録。※自虐ネタなのでHSPやエンパスに否定的な表現もありますが、HSP全体のことではなく、私個人の事ですのでご容赦ください。
HSSな人①
スカイダイビングは飛行機から飛び降りて数秒間が異常に恐いです。全身が総毛立ちます。落下速度が加速するからなのか、エレベーターで降りるときのあの感じを全身で強烈に体験できます。で、数秒たつと後はそんなに恐くないです。ただ空気が顔にスゴイ勢いで当たるだけです。むしろ爽快です。私は落下している感覚もなくなりました。

バンジージャンプは本当に飛び降りる瞬間だけが恐かったです。インストラクターと一緒に飛ぶスカイダイビングと違い、バンジージャンプは一人で、自分の意思で飛ばなければなりません。その時の葛藤が凄まじかったです。教室に一人残されて罰せられている子供のような「何でボクだけが…」っていう孤独感に襲われました(自分で志願したんですが…)。でも飛んでしまえば、すぐに終わってしまいあまり恐怖はありませんでした。

決して高い所が好きな訳ではありません。平均台の上だって怖いくらいです。でも、どーしてもやりたくなってしまった。アウトドア派でも冒険野郎でもないのに…。

スキューバダイビングだって別に魚好きじゃないし、あまり泳げないし、波酔いでゲロ吐きまくるし、ひとつ間違えれば死んでしまう海の中なのに…。

そこに何があるのか? その時自分はどうなるのか? 隠されたベールを剥がしたくて仕方がない時があります。

バブルの頃、ツチノコを捕獲する為に山の中でひとりで暮らし、毎日罠をしかけて回っている青年のテレビ番組がありました。彼はとても純朴そうな青年で、名声を求めるでもなく、ただコツコツを山の中を歩き回って罠の中を確かめていました。

「なんの為にツチノコを捕まえるのですか?」

とレポーターに聞かれた青年はしばらく考えていましたが…

「…ツチノコを捕まえた瞬間、自分がどんな風に変わるのか見てみたい…」

と言いました。何だかスゴク共感できました。たぶんそんな感じなのだと思います。

スポンサーサイト
[2012/08/31 12:01] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(2) |
サラリーマンだった頃③
いつも朝が憂鬱でした。特に月曜の朝は…。なんで人は毎日毎日会社に行かなければならないのだろう? そんな事を思ってました(幼稚園児の頃からなんで毎日幼稚園に行かなければならないのだろう…と思ってましたけど)。

まるで自分が囚人のように思えました。

こんなに気持ちのいい朝なのに、憂鬱な自分が情けなかった…。

そんな朝、日だまりの道路で仰向けにねっころがっているネコを見て、心が打たれました。ネコって本当にしあわせそうに昼寝してますよね。いつも周囲を気にし、オドオドしている自分に引き比べ、ネコの何という無防備、何という自信なんだろうと…。

ネコは自由でいいですよね。のびのびして、リラックスしてて…なんかこう自然と溶け合っているような感じがします。社会的な面では、人に対しても、ネコ同士でも、適当に距離を取り合って、深く干渉することなしにうまく生きている。

なんだか達人の風情があります。
まるで“老子”のようです。

日なたで昼寝しているネコほどのくつろぎを…しあわせを、自分は感じたことがあるのだろうか? フリーになったら平日の昼間、絶対に公園で日向ぼっこしようと思いました。実際、フリーになった時は仕事が全くなかったので、しょっちゅう公園に行ってましたが、ちょっとみじめたらしかったかもしれません。ネコには及びませんでした。

[2012/08/29 12:01] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(2) |
顔が見分けられない人




大分昔の話ですが、双子多摩川のデパートに奥さんと行き、エレベータに乗ると、後から1組のカップルが入ってきました。私達とそのカップルだけを乗せてエレベーターは動き、途中の階でカップルは降りました。
その時、奥さんは言いました。
「ねえ…今の…」
「え?」私。
「き…気づかなかったの?」驚く奥さん。「水谷豊と伊藤欄だよ!」
「…そう…だったの?」
「…」唖然とする奥さん。
その後、奥さんはしばらく呆れていました。(だって帽子かぶってたしさ、うつむいてたしさ…)

なんて事がありました。ちなみにうちの奥さんは外出するとよく芸能人に会います。

私は未だに寺脇康文と羽場裕一の区別がつきません。松山ケンイチを見ると新垣結衣が浮かんでしまうのは私だけでしょうか?

また昔、こんな事もありました。
奥さんの男友達3人が私達の結婚式の司会をしてくれることになったので会いました。
奥さんがトイレで席を外すと、みんな私にニヤニヤしながら、
「どこが気に入った? 教えて!」
と、聞くので、
「何となく松たか子に似てるし、声は松嶋菜々子っぽいし…」
と答えると、冗談半分だった彼らは
「…そう」
と本気で固まっていました(この男は世界を別な目で見ていると思ったのかもしれません。笑ってた彼らが急に虚ろな目になったのを覚えています)。

私の友人は、私の周りには芸能人クラスの美男美女ばかりがいると思い込んでいます。

そう言えば私の母親も人を芸能人に例えます。
母親が仕入れた見合いの相手を説明する時はいつも
「今度の相手は桜井幸子に似ている」とか「高岡早紀と鶴田真由を足して割った顔だ」とか言いますが、実際会ってみると、全くカケラも似ていませんでした。(ああ、人が虚ろな目になるのはこの感じかぁ…)

これはHSPだからではなく、単なる遺伝なのかもしれません。失礼しました。
[2012/08/27 12:01] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(4) |
マンボウのジレンマ
最近こそ、ブログを通じてエンパスの知り合いができましたが、これまでは、あまりHSPやエンパスっぽい友達がいませんでした。

人口の15~20%いると言われるHSP、日本のエンパスは5人に1人(本当か?)とも言われています。決してまれな存在ではないハズですが…(ちなみに私は日本では10人に1人しかいないAB型ですが、何人かの知り合いはおります。)

どこか、無意識に避けてしまっていたのでしょうか?
何となく気を使いあって、無意識に距離を置いていたのかもしれません。でも、HSPの特性が分かればお互い気兼ねなく近づけるのかもしれません。

人との距離を測るのが苦手で、共依存体質で、心に闇をかかえた人同士ですから、自然に距離を置き合っていたのかもしれません。

HSP同士の付き合い方の作法みたいなものがあれば、結構いい友達になれそうなのですが…。
[2012/08/25 12:01] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(6) |
エンパシー考察

まえがき----------------------------------------------------

エンパスはエンパス型HSPのことであり、HSPの一種なのだが、出自がスピリチュアル系だったためか、HSPに比べると解説やサバイバルテクニックがスピリチュアルに偏り過ぎている気がしていた。スピリチュアルも嫌いではないが、あまりに濃厚なものは自分の理屈っぽい頭が受け入れられない。

そこで自分なりにエンパシーとはこのようなものではないかと考えてみた。
------------------------------------------------------------

人は誰もが赤ん坊の頃はエンパシーを持っている。しかし、自我が発達しはじめるとエンパシーは不活発化し自我に統合され、社会化されていく。

しかし、なぜか赤ん坊の頃の共感力や感性が成長過程で自然に退化することなく活発なまま保持される人がいる。そういう人の共感力や感性は自我の働きに統合されず、活発なままオプションの機能として潜在化してしまった…そんな人がエンパス(やHSP)なのではないだろうか?

エンパス考察

(すみません。図の右左脳の位置が逆になっていました。)

そのためエンパシーとは、良く言えば自我の検閲を受けない原初的な能力とも言えるし、悪く言えば社会性のない赤ん坊のような能力とも言える。

-----自分もそうだが、他者の感情が見える為に、自分を省みず心の中で自動的に相手を責めてしまう事がある。同じようなことを言うエンパスの方もいる。非エンパスとは違い、共感力に社会性(大人の知恵や配慮)を欠くのは、自我(という大人の心)に守られていない赤ん坊の感性が剥き出しになっているからかもしれない。


エンパシーオフ考察

エンパシーオフには「①境界を保つ」と「②共感力を制御する」の方法が考えられる。

①境界を保つ
共感力と自我が協調性を持つことで、自我というフィルターを通した共感力を得られるのではないだろうか? (共感力)→(他者)ではなく、(共感力)→(自我)→(他者)のような経路をつくるということである。エンパスは自他未分の共感力のせいで、自分の境界の脆弱さに苦しむが、自我を立てるということが、境界を確立することになるのではと思う。


自我のフィルター


自我とエンパシーの協調の前に注意しなければならないのは、協調と未分化は別物ということである。自我とエンパシーを協調させるためには、先ず、双方を区別(分化)できなければならない。

その為の具体的な方法として、自分自身をエンパシーすることが有効なのではないだろうか?

自我とエンパシー


自分と他者の境界が曖昧ということは、内面的には自我(社会の中で自分を定義する機能)とエンパシー(自我以前の感性)の区別が曖昧ということかもしれない。境界とは自分と他者の間に保つものと考えられているが、内面的には自我とエンパシーの間に保つものなのかもしれない。

境界を保つということは、エンパシーが自分の中でどのように働いているのかを体感し、自分の自我を理解し、双方をある程度区別して初めてできることではないかと思う。


--------長年、無自覚にエンパスとして生きてきたのだから、エンパスであることは自分の性格(自我)の一部になっている。例えばスピリチュアルな物への関心、芸術的な感性、ある種の対人能力など、エンパスであることが寄与していることもある。それも一旦は捨て去る覚悟が必要なのだろう(現実にはエンパシーオフできるようになっても、エンパシーの能力がなくなる訳ではなく、意識的にコントロールできるようになるだけと言われている)。しかし、エンパシーにどこか未練を残しつつエンパシーオフの訓練をするのは難しい気がする。自我とエンパシーが渾然としていては境界は確立できない。感じている物事のどこまでが自分(自我)で、どこからが共感力によるものなのか分からなくなるからだ。他者との共依存だけではなく、自分自身の中でも自我とエンパシーという異なる機能が共依存しているのかもしれない。

--------自我に直面するのは、自分の嫌な部分、恥ずかしい部分と向き合わなければならないつらい作業だと思う。HSPの本によく書かれているように、HSPは自分に自信がなかったり、トラウマをかかえていたりすることが多く、そういった事に向き合うのは大変な作業かもしれない。



②共感力を制御する
境界を築くというよりも、共感力そのものをコントロールするという考えである。

エンパスの方がよく行うイメージワークが主なものである。

共感力は右脳の働きであるために、イメージワークが有効なのかもしれない。

R.ローズトゥリーの『エンパシー』にもイメージワークがあるが、最近見つけた英語のサイトでもこんなものがあった。

1.音量を調節する2つのツマミをイメージする。
2.ツマミの1つは“ME(私)”と書かれておりもう1つには“OTHERS(他者)”と書いてある。
3.そして“ME(私)”のツマミをマックスに回し、“OTHERS(他者)”のツマミをミニマムに回すのだ。

こんな事で?と思うかもしれないが、共感力が右脳の働きなら、こうしたイメージワークを繰り返すことで効果があがるのかもしれない。イメージワークを胡散臭いものとして一蹴せず、試みるべきだと思う。

追記 バリアやシールドについて

他人の感情に対してバリアを張りたい気持ちはよく分かる。しかし自分の経験では、自他未分化の状態で、思念や感情あるいは“気”のようなものでバリアや結界を作るのは難しいと思う。思念や感情や“気”を意識してしまうと、そういうものに対する感覚が研ぎ澄まされてしまい、逆効果になる気がする。四六時中バリアを張巡らすのはそれだけで大変な負担だし、バリアを張りながら人と接するのは、特別な場合(相手が異常に嫌な雰囲気を発している時とか)以外は不自然である。またエンパシーは無意識に行うものなので、バリアで意識的にせき止めようとしても、やがてはじわじわと身体の内側から人の感情に浸食されていくと思う。
もちろん一時的な効果ならあるかもしれないが。

※これは自分自身のための覚書で、科学的な根拠に基づいたものではありませんし、考えはまた変わるかもしれません。真剣に考えたことですが、あまり真に受けないでください。

[2012/08/23 12:01] | エンパス道 | トラックバック(0) | コメント(4) |
話を聞いてもらえない人
何故か言葉が相手に届かない…そんな感じがよくします。
「ああ、分かった分かった」と言われながら、話が相手に伝わっていないかもと思います。
案の定、後で「え、そんな話だったけ?」などと言われます。
これは不思議と親しい人と程そういう傾向があります。

こどもだった頃は、母親が「ああ、分かった。今度はグラタン作らない」と言いながら、何年もグラタンを出し続けました。そして「ええ? そうだった? 知らなかった。これからは・・・」が繰り返されました。
子供心にこれは何かの嫌がらせか、虐待の一種なのかと思った程です。(母親とは不仲ではなかったのですが)

初めて奥さんの実家にお呼ばれした時も、事前に「渾敦さんは嫌いな食べ物あるの?」と聞かれ「貝類が苦手です」と言ったのですが、食膳にはしっかり貝が盛られていました。
自分のこども達の名前も散々知恵を絞った私の案は省みられず、奥さんの直感で決まってしまいました。

厚い石に水を落としても、一割位しか沁みていかず、後の9割は蒸発してしまう。エンパスの言葉はそうなんでしょうか? それとも私が特殊なんでしょうか?

非エンパスなら、相手に話が伝わってない感じがすると不快感丸出しで話し、強引に分からせるのですが、エンパスはどうもその辺の押しが弱いのかもしれません。相手の感情に負担をかけないようにサラサラっと言うのがいけないのかもしれません。

ただ時折、悩みや鬱屈した思いのある人には、こちらの言葉がその人の琴線に触れるようなリアクションをしてもらえることはあります。

現代は弱腰の(あるいは奥ゆかしい)物言いを真剣に受け取ってもらえない風潮なのかもしれませんね。欧米では、または中国なんかでも相当自己主張し、なかなか譲らないそうですが、グローバル化の影響なのか、日本でもそういうシーンを見かけることがあります。

エンパスには非常に住み辛い風潮です。
[2012/08/21 12:01] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(3) |
ちょっとだけ共感されたい人
だいたい話は聞き役でした。まあ、そっちの方が性に合っているですが…。
子どもの頃から母親の長時間にわたるグチにつき合わされてきたので、ついそうなってしまったのかもしれません。

今は、あまり人の悩みを聞くことも無くなりました。でも、カウンセラーやコンサルタント、占い師の方は大変だなぁと思います。エンパスであることは人の悩みを聞く仕事に大変向いた資質だとは思います。でも、人から受けるモノも大きいんじゃないかと…。傷つき易いのに、抱え込み易く、非エンパスのように「まあ、いいかぁ~、結局は他人の事だから。」と割り切りにくいし…。

能力は高いのに、実務のストレスには弱い…エンパスだけではなくHSP全般の課題かもしれません。

私も一時期、経営コンサルタントにあこがれて勉強し、中小企業診断士の一次試験までは通ったのですが、実際、会社が倒産しそうで自殺まで考えてるような方の相談に乗っていたら、きっと精神が病んでしまうと思ったので断念しました。(すみません。二次試験に落ちた負け惜しみでした。でも、勉強自体は面白かったです。)

今はもっぱら子どものグチを聞くくらいです。「お姉ちゃんがイジワル言った~」とか「ゲームさせてくんない~」とか。でも、子どもは「ああ、そう? それはいけないね~」と言ってやるとそれだけで満足してしまいます。

共感については、時折ブログに共感していただける方がいるのでそんなに寂しくはなくなりました。
[2012/08/19 12:01] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(9) |
非HSPを妻に持つ人②
奥さんごめんなさい。悪意はないんですが、思いついたので書いてしまいました。HSSのサガです。でも・・・少し調子に乗っていました。

仕事の無い私を支えてくれ、本当に感謝しています。いつも頼ってばかりですまないと心から思っています。先日、奥さんにブログを見られましたが、笑っていました。私はこんな風に奥さんのことをネタにしていますが、奥さんは家の外や自分の子供には私の悪口は言いませんし、グチも言いません。人間的には私よりも大きいのかもしれません。文句はたくさんいいますが…。

そういえば、奥さんと見合いした時、私が「どんな時に怒りますか?」と聞くと「わかりません…私、怒られることはあるけど、人を怒る事はないから…」と言ってましたね。後年、小学生になった娘にその話をすると、娘は固まっていましたよ(なあ!大人のいい勉強になったろ?)。

ところでこのマンガの意味が分からない若い人はこちらを参考。

奥さんの話ではありませんが(ここ、間違えないように!)、HSPは自分勝手な人と友達になったり、カップルになったりすることが多いそうです。

HSPは奉仕の精神にあふれた人が多く、困っている人をみると「何とかしてあげたい」と思うお人よしが多いみたいです。
そして自分勝手な人達はHSPのそういう資質を"嗅ぎ分け"ます。

自分勝手な人達は2つの顔を持ちます。人当たりのいい、魅力的な"表向きの顔"と、わがままで冷酷な"素顔"です。彼らは関係が切れそうになると激しく反省したり、泣いて許しを乞うたり、子犬のように従順になった…フリをします。そうやって関係をつなぎとめる様々な"演出"を心得ています。…しかし、HSPが持ち前のやさしさから、相手を許してしまうと彼らの顔は反転し、恥じることなく、容赦することなく相手を責め、いたぶります。彼らはそのことに矛盾や自責を感じません。彼らはそうすることが自然なのです。酷い物言いですが、それはあくまでHSPから見た彼らの姿です。単にコミュニケーションのあり方が違うだけなのかもしれません。彼らにも言い分はあるんだと思います。そしてHSPやエンパスがその資質から逃れられないように、彼らも彼らのあり方を変えることは出来ません。

だから相手を変えようなどと思わず、距離を置いたり、キッパリとお別れした方がいいのだと思います。

ところで、好きなアニメ『蟲師』の中で、沼に住み人を喰らう蟲に対してこんな会話があります。(蟲師 - 眇の魚より)
---------------------------------------------------------------

ヨキ 「蟲師だったんだろ? こんな恐ろしい蟲、どうして生かしておくんだよ!」

ぬい 「畏れや怒りに目を眩まされるな。皆それぞれがあるようにあるだけ。逃れられるモノからは、知恵ある我々が逃れればいい。」

---------------------------------------------------------------
マンガですが至言だと思います。

「感受性が強いのに、相手を見抜けないのかよ?」と言われそうです。HSPやエンパスはその場の人の気持ちには敏感なのですが、その人の"総体"が理解できるわけではありません。それにHSPは基本的に性善説にたって人を見ようとします。やたらに人の闇を勘繰ったりしません。まあ、お人よしなんですね。むしろ人を選別するシビアさや用心深さは一部の非HSPの方に軍配があがりそうです。

大体、「私は人を見る目はある」なんて言う人がいますが、「"人を見る目"などというものは、人間に与えれられた能力ではない。」とドラッカーも言っています。全く同感です。

4コメ漫画から話が大分それてしまいました。話が"跳ぶ"のもHSPの資質と思ってお許し下さい。

オマエはどうかって? そりゃあツッコミを入れたい事はいろいろありますが、家族に支えられ幸せです。

[2012/08/17 12:01] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(0) |
蟲師 (1) アフタヌーンKC (255)
蟲師 (1)  アフタヌーンKC (255)蟲師 (1) アフタヌーンKC (255)
(2000/11/20)
漆原 友紀

商品詳細を見る

古い日本の郷愁とスピリチュアルを感じさせるマンガです。アニメ化されていますが、アニメも原作に忠実で、非常に素晴らしい作品です。深夜に放送されていた時、このアニメを見るとじんわりとあたたかい涙が溢れてきました。
[2012/08/17 12:00] | 共感する本など | トラックバック(0) | コメント(0) |
サラリーマンだった頃2
でも、ハトって結構弱いものイジメしますよね。傷ついて弱そうなハトを追い回したり…そういう非HSP的なハトは蹴散らしました。むしろスズメの方がいいです。親スズメがエサをくわえて子スズメのところへ持っていったりします。ただスズメは警戒心が強いので、冬場の本当にエサのない時期しか、人には近づきません。私にホットドックのウィンナーをねだる猫もいました。猫は自由そうで好きです。彼は今、どういているのだろう? …全く、ドリトル先生でしょうか私は?

川辺の公園が私のひとりランチタイムのお気に入りだったんですが、何か川って好きなんですよね。流れてる水は疲れた神経を安らがせてくれる感じがするんです。沼とか湖とか溜まってる水場は、何か居そうで逆に怖いんですが。

ホームレスのおじさんに「どーしたの? 大丈夫? 何かコワイ目をしてたよ」と声を掛けられたこともあります。しばらく世間話をしました。おじさんには妻子がいるらしいのですが、何か事情があって離れているようでた。昼休みが終わりそうだったので、おじさんにタバコをあげて職場に戻りました。職場でその話をすると、周囲からドン引きされました。

ところでシャレじゃないんですが"思い"が"重い"毎日でした。実際身体が熱くて重苦しくて、椅子に座って身体を起こしていることさえ辛かったです。当時は人の中にいるのが苦痛で、誰もいない山の中で、ひとりで炭焼きをしながら生きていきたいと思っていました。空間に広がる自分の神経網を全部切り落としたかったです。

[2012/08/15 12:02] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(4) |
エンパシーオフ訓練
自我の境界を保つ訓練は「エンパシー 共感力のスイッチをオン/オフしよう」に書かれていた「エンパシーをオフにする」という小節を参考に自分でアレンジしたり、試行錯誤しながらやっています。

HSPは感覚器官が鋭敏なのではなく、無意識に繊細な情報処理をしてしまうところに問題があるのだと「ささいなことにも…」に書かれていました。

そんな自分の無意識にしばしば働きかけ、無自覚な注意力の拡散を避け、自分が自分と感じる領域(自我意識)内に注意をとどめるようにしています。初めは自分自身をエンパシーしているような気恥ずかしさを感じたり、自我の意識が強くなってエゴイストっぽい気分になり後ろめたかったりします。でも次第にないがしろにしていた自分の欲求、自分の習性といったものが分かってきます。

すると自我というフィルターを通して周囲を感じられるようになります。直接に太陽(人の気持ち)を見ていたのが、サングラス(自我というフィルター)を通して見られるようになる感じです。薄暗くはなりますが、見続けても目が痛くなることがありません。

…などと書きましたが、私は現在フリーランスなので、ひとりの時間を取ることができるからそう言っていられるのかもしれません。多くのエンパスで苦しむ方々のように、毎日会社へ行って気を使い、家に帰っても気を使い、必然的に周囲に注意を向け続けなければならない過酷な環境に居続けてもそう言っていられるのかと問われれば、…自信はありません。
[2012/08/15 12:00] | エンパス道 | トラックバック(0) | コメント(0) |
情熱的(な時もある)人
弦を強く張りすぎた琴は美しい音色を出せない・・・とブッダは言います。本当だと思います。

でも、何かに夢中になっている間、気持ちが充実し、あまりクヨクヨしなくなり周囲のことも気にならなくなるのでHSPやエンパスであることを忘れられる・・・ということもあります。

『Making Work Work for the Highly Sensitive Person』によれば、・・・HSPは変化や重圧が苦手だし、しばしば傷ついた心身を癒すために、単調であまり責任のない仕事に就こうとしてしまう。しかし、そういう仕事は労働環境が悪かったり、意に反する事を強要されたり、同僚や上司の風紀が悪かったりすることが多く、かえって深刻な精神の痛手を負い、長期にわたる失業と療養を余儀なくされることがある・・・そうです。

それよりは大変そうでも自分の職能を高められる仕事に就くほうがかえって良いとのことです。

しかし、それよりも本当に意義のある仕事『天職』と言えるものを早く見つけることが大切だそうです。
HSPは本来、強い情熱と高い能力を秘めているのですから。

じゃあ、どうしたら『天職』が見つかるのか? それは自分の内側からの啓示によって知ると書かれています。(うわぁ~、そういうスピリチュアル的な事言われるの苦手だよ~)

そういえば敬愛してやまない経営学者のピーター・ドラッガーも・・・何をやりたいかではなく、何が出来るのかを考えろ。自分の強みを仕事に結び付けろ。無能な能力を並のレベルに引き上げるよりも、一流の能力(ナゼだか出来てしまうこと)を超一流に引き上げることの方がはるかにたやすい・・・(と、言ってる一方で)・・・しかし、もし自分の強みによって出来る仕事が自分の価値観に反しているなら、どんなに先が見えなくてもその仕事は辞めるべきである・・・と。

きっとその人にとっての“何かが”あるんでしょうね。

じゃあ、私はどうなのか・・・と言うと、とにかく人と同室で働くのが辛かったので、逃避するためにフリーランスになりました。

やることが無くてオロオロする時期・・・仕事がありすぎて振り回され、パニック症候群を起こしかけた時期・・・構造不況で仕事が無くなり、どーしよーと考えてるこの頃。

今さらですが、最初から明確な目的意識や『天職』への希求をもって仕事に取り組めばよかったと思っています。でも、当時は「何とか一人で働きたい」が目的になっていました。それも無理の無いことかもしれません。

50歳に近いオジですが『天職』は何なのか自分に問うていこうと思います。
[2012/08/13 12:02] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(6) |
ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)
ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)
(1958/01)
中村 元

商品詳細を見る

お釈迦さまをマンガにしてしまいましたが、ブッダ・ゴータマは私が非常に尊敬する偉大な人です。
専門ではなかったのに「原始仏教」っていうテーマで大学の卒論を書いたぐらいです(担当教授ではなかったのですが、吉田紹欽先生に読んでいただき、感想もいただきました。名誉なことです)。
この本は短い詩で構成されています。別に難しい事書かれていません。修行者の真理に対する情熱が感じられる詩です。簡潔で、比喩がとても美しい。仏教徒じゃなくても、宗教(教団)アレルギーの人でも一読する価値があります。HSP心に沁みる言葉です。
[2012/08/13 12:01] | 共感する本など | トラックバック(0) | コメント(0) |
ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)
ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)
(1978/01/16)
中村 元

商品詳細を見る

「ブッダのことば」が気に入ったらこちらもおすすめです。
[2012/08/13 12:00] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(0) |
かもめのジョナサン (新潮文庫 ハ 9-1)
かもめのジョナサン (新潮文庫 ハ 9-1)かもめのジョナサン (新潮文庫 ハ 9-1)
(1977/05)
リチャード・バック

商品詳細を見る

高校生の時、何度も読み返しました。前半はかもめのジョナサンが飛行技術を高めるために情熱を傾ける話です。ひたむきな姿がカッコいいと思いました。後半はかなりスピリチュアルな話になっています。映画化もされましたが、そっちは酷いものでした。今、考えれば昔、私が合気道に情熱を傾けた遠因だったように思います。
[2012/08/13 12:00] | 共感する本など | トラックバック(0) | コメント(0) |
サラリーマンだった頃1

学校を卒業して、コンピュータ関連の会社に就職したときの事です。
仕事は結構覚えることができ、先輩や上司との関係も良好でした。

ただ当時、プログラマーは職人気質の人が多く、イライラしたり、ヒステリックに電話する人もいました。

私はオペレーターだったので、定期的に大型コンピュータのバックアップをとる他は、ただじっと机に座っているだけでした。今、考えれば自分からもっと積極的に仕事を求めれば良かった…そうすれば、気も紛れ、少しは感応を抑えられるかもしれなかった…歳をとってからの悔いです。

閉鎖された空間に閉じ込められ、神経細胞が部屋中にひろがり、部屋全体の空気に同化していました。もう感じているのが同僚達のストレスなのか、自分のストレスなのか分からなくなりました。

誰かが自分の近くと通り過ぎるだけで、ビクッと敏感に反応してました。

何とか感情や身体のエネルギーの侵入をガードしようとしたのですが、そうするとかえって周囲の気配を意識してしまい、侵食されていく感じでした。

毎日そんな調子だったので、半年も経つと、じわじわと生命力のようなものがカラダから漏れ出し、自分が枯れて、朽ち果てていくような感じがしました。弱毒性のガス室に居るようでした。

…辞めることばかり考えていました。
結局、一年勤めるのが限界でした。あと何週間か勤めれば結構な額のボーナスが貰えたのに、とても耐え切れず、逃げるように職場を去りました。

みんなナゼ私が辞めたのか、とても不思議そうでした。

当時、HSPやエンパスという知識があれば結構人生が変わっていたかもしれません。
しかし、まだそういう体質は知られておらず、しばらくしてようやく霊媒体質なんて言われ始めましたが、どうにかできるものではありませんでした。

[2012/08/11 12:01] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(2) |
鏡っぽい人
付き合って間もない頃、奥さんから「渾敦さんって負けず嫌いでしょ?」と確信を持って言われました。
そんな奥さんはとっても負けず嫌いです。でも少し付き合っていくとみんな初めの印象が誤解だったと分ってくれるみたいです。そんな人たちに私はどんな人かと聞くと「え~、何ていったらいいか~」と口ごもります。「真面目な人…でも、ちょっと変わってるかな~何て言っていいか分からない」なんて所に落ち着きます。

そんな風に印象が曖昧なので、集団の中での立ち位置にいつも困ります。とりあえず怖い人と思われるのは心外なので、最初はなるべくにこやかにしています。小学生の頃からはっきりした個性がある人や、集団の中で立ち位置の決まった人がうらやましいと思っていました。

今では○○ちゃんのパパという立場があるので楽になりました(場末のフリーランスなので仕事上での立場が無いのは残念です)。
[2012/08/09 12:01] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(5) |
Stereopony ツキアカリのミチシルベ -Acoustic Ver-

オジサンですが、この曲を聴いて感動しました。何か、歌詞がHSPやエンパスの共感を生むんじゃないかと思います。ロックの曲ですが、こちらのアコースティックバージョンの方が心に沁みます。

[2012/08/07 13:48] | 共感する本など | トラックバック(0) | コメント(2) |
大魔神逆襲な人
一見怖そうだが、実は殴っても怒らない人なんて友人に言われます。

子ども達にもよく悪態をつかれ、パンチやキック、噛み付き、つねり等日常茶飯事です。

今はフリーランスなのでなくなりましたが、バイトも含め何度かお勤めしていると必ずパワハラに会います。どこにもサディストはいるのでしょうが、必ずそういう人の標的になるのがHSPの悲しい性です。理不尽なことを言われても大概は謝り、相手の理性や善意の表出に期待します。でも、やはり怒る事、人を責める事にハマってしまう人はいるもので、こちらが怒らないと知るとカサにかかってきます。「ああ…このまま謝っても、この人は底なしに人を責め続ける人だ…」と確認すると、どっと脱力してしまい、心の深くて暗~い部分から“熱い狂気”が湧いてきます。自分でも目つきや顔つき、雰囲気が変わるのが分かります。

すると別に暴力を振るう訳でも、怒鳴り返す訳でもないのですが、何故か相手はガタガタ震えたり、涙ぐんだり、虚ろな目になったりします。

子ども達も「パパは怒ると鬼になる」と言います。

きっと何かが乗移っているのかもしれません。どんなになってるのか自分で見てみたいです。

普通の生活では怒りません。奥さんからは「何でそこで怒んないの!」と逆に怒られます。

むしろ小まめに怒っている方が、相手も気にしてくれ、平和なのかもしれません。でも、感情が乱れることが基本的に不快なので溜めてしまうんです。

にんげんだもの(相田みつを)そういう時だってあります。
儒教は基本、怒るべきときは怒るのが正しいとされています。バカヴァッドギーターではたとえそれが戦争であっても「戦士なら執着なく自分の義務を果たす為に戦え」と書かれています。

[2012/08/07 12:01] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(4) |
子どもと過ごす夏休み
毎年、家族で何処かへでかけるのだが、結構つらいものがある。今年は遠出をせず、キッザニアやレゴランドに行った。

幼稚園の頃から遠足とか、ハーモニカの発表会とかで集団移動すると、必ず迷子になったり、事前の諸注意が理解できなかったために周りに迷惑をかけていた。方向オンチだし、とっさの状況判断ができないので一人ならともかく、みんなで出かけるのは苦手なのだ。

そんなことよりも何よりつらいのは集団移動すると「ひとりになる時間」がほとんどないことだ。知らない場所に圧倒されながら、神経を鎮める時間もない。

でも、今年はエンパシーオフの訓練を続けているせいか、からだはともかく、神経の疲れがあまりなかったように思う。常に気をつかいすぎて、逆に適切な気づかいができないということもなかったと思う。

人がたくさんいるところでは、いつもエンパシーオフの訓練をするようにしている。環境に振り回されず、自分を見失わないというのはこんなに健康的なんだと感動している。

[2012/08/06 16:47] | エンパス道 | トラックバック(0) | コメント(0) |
非HSPを奥さんに持つ人
とにかくリモコンはそっと置いて欲しいです。機械なので壊れるし、子どもがそういうゾンザイな仕草をマネて欲しくないからです。なぜわざわざ投げ捨てなければならないのか理解できません。何度か優しく注意しましたが、「んっ」と言ったきりです。多分彼女にとっては取るに足りないことなのでしょう。

また夕食時に「たけしの本当は怖い家庭の医学」とか平気で見られるのはスゴイです。心臓外科のドキュメンタリーとかもよく見ます。チャンネル変えてくれと言うと、「何言ってんの、いつ病気になるか分からないじゃないの」と反論されます。でも最近は長女が怖がるので見ないようにしてくれます。

非HSPはどんだけ神経太いんだろうかと思います。単に奥さんが特殊なのかもしれません。

そのくせ小さなコバエが飛んでいても「虫!虫!」と騒ぎます。
ゴキブリなんて出ようものなら大変です。「きゃーーーっ!! 何でいるのっ? ねえ、どーして? どーしてよぉ!!」と私に詰問してきます。そんな答えようのない詰問でも、何とか答えようと頭を巡らしていると「何してるのぉ! 早く何とかしてよっ!!!!」と怒られます。

私もゴキブリ大嫌いですが、奥さんのお陰で何とか殺虫&片付けが出来るようになりました(独身時代は私、母親にやってもらってました…)。

注)いろいろ書いてしまいましたが、決して奥さんの悪口ではありません。あくまでも一般論です、一般論!
[2012/08/05 12:01] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(4) |
突然、静止する人
時折、奥さんに「今、止まってたよ」と指摘されることがあります。
どういうキッカケかは分かりませんが、何処かへ「イって」しまう事があります。何処かっていうと大概は日の差さない暗い所です。…そう、社会の影や精神の深淵、宇宙の神秘的な構造なんかを考えてたりします(…単にギャグやHな事も…)。

HSPは世界のダークサイドに惹かれてしまうようです。結構ビビリなので、悲惨な事も、おばけも嫌いなんですが…どうして暗闇に引き寄せられるのでしょう? 光を見つめるよりも、闇の中に何があるのだろうと考えがちです。太陽よりもブラックホールです。暗~い方へ、暗~い方へと心は彷徨ってしまいます。また、スッキリしたことよりも複雑怪奇なことを考えるのも好きなようです。

この気質を活かし、こどもがワガママな時、キョンシーの真似をしたり、「けーんじ君、あーそーぼー(20世紀少年)」と言って制圧します。…やり過ぎると逆に奥さんに怒られます。
[2012/08/03 12:01] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(0) |
勝たず嫌いな人

私を知る人は皆、私が「負けず嫌いではない」と知っています。
昔、テニスをしていた頃よく友人に「戦意を失わせるオーラがある」と言われました。
間違って勝ったりするとかえって居心地が悪く、負けた人に済まない気がしてしまいます。

勝ち負けってあいまいで抽象的な概念だと思います。そりゃあ生死を賭けた戦いなら意味は明確です。でも、普通の社会生活の中で何をもって勝ち・負けと言うのか分かりません。勝ち組・負け組なんて言葉も全く実感がわきません。ある任意の時点で、ある任意の条件が優位であるというととらえるのが精一杯です。しかも「組」って何でしょう? もともと集団への帰属意識が低いのか「組」の意味するところが分かりません。流動性の高い社会で「組」に意味があるのでしょうか?

小さい頃から運動もできず、勉強もできなかったので負け犬根性が身についてしまっただけかもしれません。

経営学を勉強したことがあるので、社会に「競争」が必要なのは分かります。確かに「競争」は社会をよくする原動力になります。でも、競争する以前に必要なものがあるんじゃないかと思います。心や身体の健康を害したり、度を越して相手を傷つけてまでする競争に意味があるのだろうかと思います。
[2012/08/01 12:00] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(2) |
| ホーム |
プロフィール

渾敦(こんとん)

Author:渾敦(こんとん)
エンパス型のHSP
(highly sensitive person)
でHSS
(highly sensation seeking)
な中年男です。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

ようこそ