中年HSP記
エンパス型HSP(Highly Sensitive Person)でHSS(High Sensation Seeking)な中年男の自省録。※自虐ネタなのでHSPやエンパスに否定的な表現もありますが、HSP全体のことではなく、私個人の事ですのでご容赦ください。
ザ ダークサイド オブ 「敏感にもほどがある」17 ○何でも分かる訳じゃ…
何でも分かる訳じゃ…

「敏感にもほどがある」に載せられなかった4コマ漫画はこれが最後です。


HSPは人のウソに敏感ですが、超能力者のように人の心を読めるとか性格を見抜ける訳ではありません。

だから私はよくだまされますし、勘違いすることもあります。

「あなたは人を見る目がない」
なんて家内にも言われます。

そもそも「人を見る目」って何だろう? あったら便利だけど、そんなもの人間が持てるのだろうか? と思いますが…。
(それに多分私の場合、人を見る目ではなく、社会的な常識がない、世間知らず…ってことを言われているような気がします。)

でもまあ確かに私に「人を見る目」はありません。

私が感じるのは、せいぜいその時々の人の感情くらいなものです。

それもハッキリと言葉では説明できない、いくつかの感情が織り交ざった微妙なものです。
その人の行動までは予測できません。

それに人が知られたくないと思っているようなことは基本的に分かりません。

なにかを感じたとしても、
「ブラックボックスがある」
という程度です。

ブラックボックスの中身はあまり追及しません。。

時間をかければ解明することができるかもしれませんが、だいたい良くないもののような気がするから。

さわらぬ神に…ではありませんが、必要もないのに人の心を詮索したくありませんし(詮索したくないのに勝手に見せられることもありますが…)。

人の心のほとんどはブラックボックスです。

その中で感情として表現されたものだけを感じられます。

例えば結婚する前、私は家内の性格を把握できませんでした。
家内とはお見合いで結婚しましたので冷静に相手を見ていたつもりです。
時々、気になるブラックボックスを感じましたが、いつものように分からないものは分からないと割り切っていました。

多くの人がそうでしょうが、ウチも結婚の前後でパートナーの印象が全く違います。

やはりブラックボックスを追及するべきだったかも…。



なおさんへ。
8月23日にコメントいただいたのに、迷惑コメントに分類されてしまい、コメントに気づきませんでした。
ごめんなさい(T.T )

渾敦
スポンサーサイト
[2017/10/12 22:56] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(1) |
ザ ダークサイド オブ 「敏感にもほどがある」16
家族が重い


〝家族〟に苦しむHSPはたくさんいます。

家族の不安、不満、歪んだ世界観…などを押し付けられる役回りをHSPはしばしば課せられます。

HSPの子どもが人の気持ちや考えに受容的だから…。

…そして、心に余裕のない親はバンパイア化する誘惑を抑えきれない。

親が子どもを抑圧する時、子どもの気持ちを感じないし、自分の悪意も自覚しません。
嫌がらせとも思える言動は繰り返し唱えられる呪詛のように執拗です。

それがバンパイアというものです。

愛すべき人が人でなくなる…受け入れがたいことです。

特に長男長女が受ける重圧はひどい。

しかし兄姉がHSPではない場合、弟妹のHSPが代わりに家族のひずみを背負わされることもあります。

私が会ったHSPの中では、
『非HSPの母親』と『HSPの娘』
の関係がいちばん深刻なように思われました。

母娘の関係は特別濃いのかもしれません。

HSPが親との葛藤を話す時、過ぎた過去のことではなく今抱えている問題のような切実さを感じます。
例え親から独立して自分の生活をしていても、母親からの影響は断ちがたいようです。

何度も親を乗り越えようとして、身を削るような努力をしている姿は見ていてつらくなります。

「あんな親はもうどうでもいい」
とあきらめれば楽なのに。

「もう親のことは関係ない!」
と言い切るHSPの言葉を何度も聞きました。
ほとんど皆そう言います。

しかし、割り切ったと言いながら、その同じ言葉を何度も何度もくりかえし言うのです。おそらく何年も同じことを言っています。

あきらめきれないのです。

まだどこかに親から受け入れてもらいたい、過去の酷い仕打ちも許したい…。
その人の中にいる子どもがそう訴えているように感じます。 

親が
「あの時はごめんね」
と言ってくれれば、心の重荷をおろせるのかもしれません。

しかし、親が自分の非を認めることはないでしょう。

私の母も非HSPなので、やはり本当に受け入れられていると感じることはありませんでした。
「親を乗り越えて自由を得たい」
そういう気持ちが大人になってもあります。
もう自由なハズなのにどこかにまだ縛られているという感覚があるのが不思議です。

気持ちを通わせられない家族から受けた呪いは深くて根強いのです。

[2017/10/06 13:55] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(22) |
ザ ダークサイド オブ 「敏感にもほどがある」15
HSPの愛情は博愛?


私はひとりでいることが好きです。

ひとりで映画を見る事も、ひとりで外食することも全く平気です。

しかし誰かが集団に溶け込めずに、ひとりでいると構いたくなります。

その人がかわいそうだから…ではないかもしれません。
だって例え相手が好きじゃないタイプの人だったとしても気になるからです。

性格が優しいんじゃありません。
寂しくて仲間を作ろうとしているのでもありません。

たぶん仲間外れがいる“状態”が落ち着かないのだと思います。

ほとんど衝動的な気持ちです。

HSPは困っている人や集団に溶け込めずに寂しそうな人を見ると、本能的に構いたくなる性質なのでしょうか?

振り返れば子どもの頃から転校生とか、一人でいる子どもにばかり声を掛けていました。

別にその子に特別の関心がある訳ではないのですが、周囲となじめない子がいると構いたくなるのです。

自分だって浮いた存在なのに…。

高校生くらいになると男子(わたしは男子校でした)でもグループの棲み分けがすすみ、なかなかひとりでいる人を周りに溶け込ますということができなくなってきます。ただ修学旅行のグループを作る時は、他にグループに入れず、あぶれた人を集めてグループを作っていました。
 
この変な性質のお陰でひとりぼっちの人と友達になることは得意でした。
…しかし、本来の「友達づきあい」は全く苦手なのです。
そもそも私自身は友達がいなくても全然平気という淡白な性格です。

それにひとりぼっちの人が周りに溶け込んでくれれば、私の衝動もおさまってしまいます。

周囲の人からみたら、きっと優しいんだか冷たいんだかワケのわからない人に見えるかもしれません。

確かに心から友達を求めることもなく、人としてどこか欠けているんじゃないかという気持ちが今でもあります…。
[2017/09/28 22:29] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(14) |
ザ ダークサイド オブ 「敏感にもほどがある」14
車の運転が苦手
21.jpg

免許をとって30年にはなろうというのに、いまだに車の運転が苦手です。もう若葉マークをつけて走りたいくらい。

自動車教習所に通っていた頃、車の操作自体はむしろうまい方だったのに…。

問題なのは路上を走る際に数多くの状況判断をしなければならないことです。

運転をある程度経験した人は
「ここはこんなものだろう」
という運転のカンみたいなものを身に付けるのだと思います。

しかし私は何年たってもそのカンが身に付きません。

長年運転していれば、走行に必要な知識や情報を体系的に理解できるようになるハズなんですが。普通は…。

ところが私は知識や情報に優先順位をつけることが苦手で、知覚したものは(頭が勝手に)全部平等に処理しようとします。

その結果、予測できないことが起きると猛烈に混乱し、状況判断できなくなってしまうんです。

例えば道に迷うとか…は最悪です。

今はナビがあるからいいのですが、以前は知らない道では極度に緊張していました。

まだナビがそれ程普及していない時、私は中古の軽自動車に乗っていましたが早速ナビをつけました(軽自動車にナビをつける人は珍しかったのですが)。

自分の走っている道を鳥瞰して位置を教えてくれるナビは、私には神の如き機械に思えました。人生にもナビが欲しい…。

ところで運転の苦手意識のせいか、いつも自分が路上の迷惑者のような気がします。
他の車には聞こえませんが、運転しながらしょっちゅう、
「すみません! ごめんなさい!」
と謝っています。

右折信号のない交差点の右折も、同乗者を乗り降りさせるための一時停止も、ものすごく他の車に気を遣います。

自分の後ろに列ができていたりすると、右折や昇降のための停車をあきらめることもあります。

気を遣いすぎて混んだ道の車線変更もままならず、モタモタしているので後続車にクラクションを鳴らされてしまう始末です。

それから車体感覚というのがありますが、これも身につきません。

駐車場にまっすぐ車を留められず、いつも恥ずかしくなります。

細い道を走る時は車の助手席側が電柱にぶつかりそうでドキドキします。

実は普通に歩いていても人との距離が正確に測れず、ぶつかりそうになったり、逆に大きく人を避ける形になったりするのですが…。年齢や視力のせいもあるかもしれません。いや、もともと距離感というものがとぼしいのかも。

とても言い訳がましいのですが、それは自分の身体の境界があいまいなHSPだからではないかと思うこともあります。

しかしこの記事もまた、運転が苦手なのは本当にHSPの性質なのか、単に私の資質なのか分からないので没になりました。

考えてみれば車だけではなく、自転車もあまり得意ではありません。家内と並んで自転車をこいでいてもいつも置いて行かれます。
やはり私自身の問題なのかもしれません…。
[2017/09/24 11:37] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(10) |
ザ ダークサイド オブ 「敏感にもほどがある」13
青年期


中学生から大学を卒業するまでは、自分の存在の不安定さにかなり悩んでいました。

自分はどういう存在で、何をしたらいいのかと毎日のように日記に書いていました。日記は十年以上続きました。

集団の中で自分の立ち位置がはっきりしなかったからかもしれません。

いつも集団のムードの流される自分が嫌でした。

人に合わせようとしているワケではないのに、集団の中で自分の軸が保てないのです。
人といると自分の価値基準がゆらいでしまいます。

だから自分軸を持った同級生が随分大人に見えました。

多分、行動や態度だけ見れば私の方が大人だったかもしれません。子どもっぽい無茶なことをしないし、周囲にも気を配れていました。

でも私は自分が大人だとはどうしても思えなかった。

周囲に溶け込めないので自分を出すことができない。それは大人とか子ども以前の問題で、集団生活する上で何かが決定的に欠けているのだと思いました。

授業を聞いていても、クラスのムードとか、先生の気分などが気になってしまいます。
ちょっとしたことで勝手に想像力や連想が働いてしまい、気づいたら授業の進行についていけてないこともよくありました。

ところでHSPのサガなのでしょうか、中学に入ってから急に芸術的なことがしたいと思うようになりました。でも何をしたらいいのか分からず、ひとりで絵を書いたり、文章を書いたり、音楽の本を読んだりしていました。

ただ私は手先(と頭)が不器用な上に変なところにこだわる性格で、それが災いしました。

いろいろなことにチャレンジするのですが、やがて煮詰まって挫折…というのを何度も繰り返していました。

何かに一生懸命になると、いろいろ小さなことが気になって先にすすめなくなるのです。気になることはひとまずおいて、とりあえず先に進むということができない性格でした。原稿用紙の書き方が分からない、句点の付け方がわからない、楽譜の読み方がいくら勉強してもわからない、ギターのチューニングができない、下描きの線を絵の具を塗ったあとどう消したらいいかわからない…などなど。

とにかく要領が悪すぎました。あくせくしている割に何も身に付かない…そんな子どもでした。

ささいなことが気になる性格のため、勉強もできませんでした。例えば英語でCATは猫ですが、「シーエーティーと書いてなんでキャットと発音するんだ!?」などと思ってしまい。もう訳がわかりません。しかもそのことを友達に言っても、「何が疑問なのかわからない」と言われ、私はよほど頭がおかしいのだとガックリしました。

また本を読むのが異常に遅かった。内容にあまり影響のない細かい表現や、何度読み返しても理解できない部分にこだわってしまうのが原因だと思います。それと本を読みながら連想や想像力が働いてしまい、目は字を追っているのに頭の中で違うことを考えていることもよくあったからです。あまり大事じゃないところは力を抜いて読めばいいのに、全部同じテンションで文字を追うものだから、数ページ読んだだけで頭の中がパンパンになってしまいました。

中学では柔道部に入っていました。しかし、根っからの勝たず嫌い(負けず嫌いではなく)な性格のため、練習は頑張っているのですが、試合では何が何でも勝とうという気概がなく万年補欠で、下級生にも抜かされていました。

ただ、うちの柔道部は全員成績が悪く、その点では不思議なものですが自分の居場所を感じました。欠点を共有できる集団というのは楽なのかもしれません。

友達ともしっくりいかず、勉強もできない、運動もそこそこ…集団内での自己像が曖昧です。性格がなんとなく優しいだけで、なんともつかみどころのない人間だと自分でも思っていました。

中学三年になり、周囲は高校受験を意識し始めました。それまで学業がパッとしない生徒も急に勉強しだし成績をあげていきました。

急に成績を上げ始めた生徒の中には、テストの点の悪い生徒を見下す人もいました。

私は見下される立場でしたが、成績で負けるということよりも他人を不平等に扱う態度にカチンとしました。

自分自身への鬱憤もあり、相当頭にきてしまったのです。

中学三年生の夏休みから突然猛勉強し始めました。はっきりした目標があり、怒りをいだいたHSPはちょっとヤバイかもしれません。テンションの上がり方が異常でした。ほとんど現実感がなくなるほど体中からエネルギーが噴出しました。

それまで堂々巡りの思考と、空想と、他人に対する感受性に使われていたエネルギーがいっきに勉強に流れ込みました。

結果、成績下位からトップクラスとまではいかないまでも一気に成績上位者になりました。

あまりに短期間に成績が上がったため、学校の先生や塾の先生からはほめられるより少し引かれて「気味の悪い子」みたいに見られていました。

HSPはどこか弱々しい、エネルギーに乏しい感じがします。しかし身の回りを感じ取り、おかしなものはないかと探索する作業は実は想像以上のエネルギーを使うのです。

警戒・探索型をやめ、戦闘・攻撃型に切り替わった時のHSPの行動力は異常なほど激しいことがあります。

感じたり探求したりすることに使われていた大量のエネルギーが行動に流れるからです。

そういう時、人の事は全く眼中になくなります。

多分それはHSP本来のあり方ではないのかもしれません。

でも他人に気を遣わずにやりたいことをやるというのは気分のいいものです。

まあその状態は長くは続かず、高校に入った途端真っ黒に身を焦がして燃え尽きていましたけど…。

やはり競争には向かない性質のようです。

[2017/09/14 11:42] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(10) |
| ホーム | 次のページ>>
プロフィール

渾敦(こんとん)

Author:渾敦(こんとん)
エンパス型のHSP
(highly sensitive person)
でHSS
(highly sensation seeking)
な中年男です。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

ようこそ