中年HSP記
エンパス型HSP(Highly Sensitive Person)でHSS(High Sensation Seeking)な中年男の自省録。※自虐ネタなのでHSPやエンパスに否定的な表現もありますが、HSP全体のことではなく、私個人の事ですのでご容赦ください。
幻の冒頭マンガ
今回載せたマンガは担当の編集者に“つかみ”的な何かを冒頭に入れたい、という要望で描いたものです。

生まれて初めてコマ割り…(かなりヘタですが)。
担当編集者には「笑える」となかなか好評でした。

出版の直前まで、本の冒頭に載るハズだったマンガです。

…が、本になる直前に編集長にバッサリ切られました(別に恨んではいませんが)。

ページマンガ0001
ページマンガ0002
ページマンガ0003
ページマンガ0004

ザ ダークサイド オブ 「敏感にもほどがある」はこれで最後です。
長らくお付き合いいただきありがとうございました<(_ _)>

「敏感にもほどがある」は約一年かけて描きましたが、書き終えてしばらくはちょっとウツっぽくなる有様。

原稿が出来た時、
「何か意味のあることを書けたのだろうか? 出版する意味があるのか?」
と思っていました。

担当編集者に
「コケちゃう(売れない)かもしれません(_ _|||)」
と言ったら、
「私にそれを言わないでくださいよぉ…(゚.゚;) 」
とさびしそうでした。(それはそうだ)

しかし本当にラッキーなことに、ダヴィンチ・ニュースで取り上げてもらったので想像以上の反響が。
(ただ未だに重版の連絡が出版社からないので、そんなに売れてないのかもしれません(^o^;))

原稿が出来ても、出版社からは長期間連絡がなく、
「きっとボツになったんだ…」
と落胆し一時は自費で印刷しようかと思い詰めました。
何とか出版できて良かったです。

Amazonのレビューも今のところ良い評価なので安心しました。

本を買っていただいた皆さん、本当にありがとうございます。

しかしながらHSPについて私が思っていることを全部書いてしまったので、これから先何を書いたらいいのか? 何が書けるのか?…悩んでいます。

次回のブログ更新は少し間が空いてしまうかもしれません(^.^;)

[2017/10/23 12:02] | ザ ダークサイド オブ 「敏感にもほどがある」 | トラックバック(0) | コメント(110) |
何でも分かる訳じゃ…

「敏感にもほどがある」に載せられなかった4コマ漫画はこれが最後です。


HSPは人のウソに敏感ですが、超能力者のように人の心を読めるとか性格を見抜ける訳ではありません。

だから私はよくだまされますし、勘違いすることもあります。

「あなたは人を見る目がない」
なんて家内にも言われます。

そもそも「人を見る目」って何だろう? あったら便利だけど、そんなもの人間が持てるのだろうか? と思いますが…。
(それに多分私の場合、人を見る目ではなく、社会的な常識がない、世間知らず…ってことを言われているような気がします。)

でもまあ確かに私に「人を見る目」はありません。

私が感じるのは、せいぜいその時々の人の感情くらいなものです。

それもハッキリと言葉では説明できない、いくつかの感情が織り交ざった微妙なものです。
その人の行動までは予測できません。

それに人が知られたくないと思っているようなことは基本的に分かりません。

なにかを感じたとしても、
「ブラックボックスがある」
という程度です。

ブラックボックスの中身はあまり追及しません。。

時間をかければ解明することができるかもしれませんが、だいたい良くないもののような気がするから。

さわらぬ神に…ではありませんが、必要もないのに人の心を詮索したくありませんし(詮索したくないのに勝手に見せられることもありますが…)。

人の心のほとんどはブラックボックスです。

その中で感情として表現されたものだけを感じられます。

例えば結婚する前、私は家内の性格を把握できませんでした。
家内とはお見合いで結婚しましたので冷静に相手を見ていたつもりです。
時々、気になるブラックボックスを感じましたが、いつものように分からないものは分からないと割り切っていました。

多くの人がそうでしょうが、ウチも結婚の前後でパートナーの印象が全く違います。

やはりブラックボックスを追及するべきだったかも…。



なおさんへ。
8月23日にコメントいただいたのに、迷惑コメントに分類されてしまい、コメントに気づきませんでした。
ごめんなさい(T.T )

渾敦
[2017/10/12 22:56] | ザ ダークサイド オブ 「敏感にもほどがある」 | トラックバック(0) | コメント(2) |
家族が重い


〝家族〟に苦しむHSPはたくさんいます。

家族の不安、不満、歪んだ世界観…などを押し付けられる役回りをHSPはしばしば課せられます。

HSPの子どもが人の気持ちや考えに受容的だから…。

…そして、心に余裕のない親はバンパイア化する誘惑を抑えきれない。

親が子どもを抑圧する時、子どもの気持ちを感じないし、自分の悪意も自覚しません。
嫌がらせとも思える言動は繰り返し唱えられる呪詛のように執拗です。

それがバンパイアというものです。

愛すべき人が人でなくなる…受け入れがたいことです。

特に長男長女が受ける重圧はひどい。

しかし兄姉がHSPではない場合、弟妹のHSPが代わりに家族のひずみを背負わされることもあります。

私が会ったHSPの中では、
『非HSPの母親』と『HSPの娘』
の関係がいちばん深刻なように思われました。

母娘の関係は特別濃いのかもしれません。

HSPが親との葛藤を話す時、過ぎた過去のことではなく今抱えている問題のような切実さを感じます。
例え親から独立して自分の生活をしていても、母親からの影響は断ちがたいようです。

何度も親を乗り越えようとして、身を削るような努力をしている姿は見ていてつらくなります。

「あんな親はもうどうでもいい」
とあきらめれば楽なのに。

「もう親のことは関係ない!」
と言い切るHSPの言葉を何度も聞きました。
ほとんど皆そう言います。

しかし、割り切ったと言いながら、その同じ言葉を何度も何度もくりかえし言うのです。おそらく何年も同じことを言っています。

あきらめきれないのです。

まだどこかに親から受け入れてもらいたい、過去の酷い仕打ちも許したい…。
その人の中にいる子どもがそう訴えているように感じます。 

親が
「あの時はごめんね」
と言ってくれれば、心の重荷をおろせるのかもしれません。

しかし、親が自分の非を認めることはないでしょう。

私の母も非HSPなので、やはり本当に受け入れられていると感じることはありませんでした。
「親を乗り越えて自由を得たい」
そういう気持ちが大人になってもあります。
もう自由なハズなのにどこかにまだ縛られているという感覚があるのが不思議です。

気持ちを通わせられない家族から受けた呪いは深くて根強いのです。

[2017/10/06 13:55] | ザ ダークサイド オブ 「敏感にもほどがある」 | トラックバック(0) | コメント(24) |
HSPの愛情は博愛?


私はひとりでいることが好きです。

ひとりで映画を見る事も、ひとりで外食することも全く平気です。

しかし誰かが集団に溶け込めずに、ひとりでいると構いたくなります。

その人がかわいそうだから…ではないかもしれません。
だって例え相手が好きじゃないタイプの人だったとしても気になるからです。

性格が優しいんじゃありません。
寂しくて仲間を作ろうとしているのでもありません。

たぶん仲間外れがいる“状態”が落ち着かないのだと思います。

ほとんど衝動的な気持ちです。

HSPは困っている人や集団に溶け込めずに寂しそうな人を見ると、本能的に構いたくなる性質なのでしょうか?

振り返れば子どもの頃から転校生とか、一人でいる子どもにばかり声を掛けていました。

別にその子に特別の関心がある訳ではないのですが、周囲となじめない子がいると構いたくなるのです。

自分だって浮いた存在なのに…。

高校生くらいになると男子(わたしは男子校でした)でもグループの棲み分けがすすみ、なかなかひとりでいる人を周りに溶け込ますということができなくなってきます。ただ修学旅行のグループを作る時は、他にグループに入れず、あぶれた人を集めてグループを作っていました。
 
この変な性質のお陰でひとりぼっちの人と友達になることは得意でした。
…しかし、本来の「友達づきあい」は全く苦手なのです。
そもそも私自身は友達がいなくても全然平気という淡白な性格です。

それにひとりぼっちの人が周りに溶け込んでくれれば、私の衝動もおさまってしまいます。

周囲の人からみたら、きっと優しいんだか冷たいんだかワケのわからない人に見えるかもしれません。

確かに心から友達を求めることもなく、人としてどこか欠けているんじゃないかという気持ちが今でもあります…。
[2017/09/28 22:29] | 4コマ漫画 | トラックバック(0) | コメント(16) |
車の運転が苦手
21.jpg

免許をとって30年にはなろうというのに、いまだに車の運転が苦手です。もう若葉マークをつけて走りたいくらい。

自動車教習所に通っていた頃、車の操作自体はむしろうまい方だったのに…。

問題なのは路上を走る際に数多くの状況判断をしなければならないことです。

運転をある程度経験した人は
「ここはこんなものだろう」
という運転のカンみたいなものを身に付けるのだと思います。

しかし私は何年たってもそのカンが身に付きません。

長年運転していれば、走行に必要な知識や情報を体系的に理解できるようになるハズなんですが。普通は…。

ところが私は知識や情報に優先順位をつけることが苦手で、知覚したものは(頭が勝手に)全部平等に処理しようとします。

その結果、予測できないことが起きると猛烈に混乱し、状況判断できなくなってしまうんです。

例えば道に迷うとか…は最悪です。

今はナビがあるからいいのですが、以前は知らない道では極度に緊張していました。

まだナビがそれ程普及していない時、私は中古の軽自動車に乗っていましたが早速ナビをつけました(軽自動車にナビをつける人は珍しかったのですが)。

自分の走っている道を鳥瞰して位置を教えてくれるナビは、私には神の如き機械に思えました。人生にもナビが欲しい…。

ところで運転の苦手意識のせいか、いつも自分が路上の迷惑者のような気がします。
他の車には聞こえませんが、運転しながらしょっちゅう、
「すみません! ごめんなさい!」
と謝っています。

右折信号のない交差点の右折も、同乗者を乗り降りさせるための一時停止も、ものすごく他の車に気を遣います。

自分の後ろに列ができていたりすると、右折や昇降のための停車をあきらめることもあります。

気を遣いすぎて混んだ道の車線変更もままならず、モタモタしているので後続車にクラクションを鳴らされてしまう始末です。

それから車体感覚というのがありますが、これも身につきません。

駐車場にまっすぐ車を留められず、いつも恥ずかしくなります。

細い道を走る時は車の助手席側が電柱にぶつかりそうでドキドキします。

実は普通に歩いていても人との距離が正確に測れず、ぶつかりそうになったり、逆に大きく人を避ける形になったりするのですが…。年齢や視力のせいもあるかもしれません。いや、もともと距離感というものがとぼしいのかも。

とても言い訳がましいのですが、それは自分の身体の境界があいまいなHSPだからではないかと思うこともあります。

しかしこの記事もまた、運転が苦手なのは本当にHSPの性質なのか、単に私の資質なのか分からないので没になりました。

考えてみれば車だけではなく、自転車もあまり得意ではありません。家内と並んで自転車をこいでいてもいつも置いて行かれます。
やはり私自身の問題なのかもしれません…。
[2017/09/24 11:37] | ザ ダークサイド オブ 「敏感にもほどがある」 | トラックバック(0) | コメント(14) |
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